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あけましておめでとうございます
2011/01/01 (Sat) 04:14

新年あけましておめでとうございます。

旧年中はお世話になりました。

今年でこのブログも何とかかんとか3年目に突入することになりました。

「えっ! この店やってんの・・!?」的な

今にも潰れそうでずさんな運営ではありますがとりあえずやっています。笑

たまによっていただいている方のためにも(いや、ほとんど自分のためですね・・)

精魂込めて 美味しいもん出していこうとの気持ちだけは持っております。

今年もおそらくこんな調子になると思いますが、たまに覗いていただければ幸いです。

それではこの新年更新に登場するはずだった高千穂国見ヶ丘の写真、

残念ながら雲海はみれませんでしたが

廃線となった高千穂鉄道に架かる高千穂鉄橋とあわせて

新年のご挨拶とかえさせていただきます。

国見ヶ丘石碑
・国見ヶ丘石碑 
某TV番組でここから見える雲海の映像を見てずっときてみたいと想い描いておりました

高千穂1
・頂上からの景色 

高千穂2
・別方向の景色
盆地で山々に囲まれているということと夜と朝の気温差が13℃前後あることと晴れているということの
雲海がみれるすべての条件をクリアできない最悪の日。まったくありませんでした。


高千穂駅
・高千穂駅
2005年の台風による被害で廃線となった高千穂鉄道の高千穂駅

鉄橋4
・高千穂鉄橋
水面からの高さは東洋一を誇っていたらしい。

鉄橋1
・下からの眺め
見上げる渓谷に架かる橋は迫力があり、また紅葉とのコントラストが寂しくもあり・・

鉄橋2

鉄橋3

現在はトロッコ列車から廃線となった高千穂鉄道からの景色を味あわせていただけるようだが時間の都合で
断念。




本当はこういう写真を撮りたかったのですが・・
015.jpg


今年もよろしくお願いします。 2011元旦。






















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vol3軍艦島上陸記最終章 
2010/12/08 (Wed) 03:18

ここでの暮らしはどんな感じだったのだろうか・・?

小さな島の中、子供たちは何をして遊び、青春期を過ごす男女にはどんなドラマがあり、

炭鉱での激務から解放された束の間の休日を過ごす大人たちは・・?

一生忘れることのない幾つものあらゆる人々の想い出が詰まっているのだろう・・。




軍艦島17コンベア
石炭を運ぶベルトコンベア跡の支柱

軍艦島35階段
地下の作業場へと続く階段 

軍艦島21海水
ここから水が運びこまれる

灯台と貯水層
貯水層と灯台  当時、家電など全て備わっていたようだが一番大事なものは水だった

軍艦島33プール
プール跡 最初は海水で時々魚が混じっていたらしい。後に水道水となる

小学校
地上7階立ての端島小中学校 給食用のエレベーターまであったらしい


名残惜しさを感じ校舎を眺めながらの帰還。

僅かな時間の限られた範囲内の上陸ではありましたがとても贅沢な時間が過ごせました。

記念にこんなものまで貰っちゃいました・・

証明証



















vol2 軍艦島潜入へ
2010/12/05 (Sun) 04:00

島内部への潜入です!!

軍艦島34赤煉瓦4

軍艦島16

軍艦島24草とコンベア

軍艦島15瓦礫

軍艦島11

1890年前後の明治時代初頭、石炭の発見により主要エネルギーが石油へと変わる

閉山までの約100年近く開山から所有する三菱より送り込まれてきた鉱員の人々らによって

埋め立て拡張しながら建設された鉱山、軍艦島(端島)の面積は約6.3ヘクタールで

僅か南北480m・東西160m。

海岸線全長も1600mと容易に周回できそうなほどの小さな島にもかかわらず、

所狭しと高層アパート群や小中学校、プール、パチンコ屋、映画館、

飲食店やスナックまであったというほど栄えていた模様。

島民の人口も最盛期には約5000人に達し、

これは東京23区内人口密度の9倍もあり世界一を誇っていたとのこと。

島の人々の暮らしぶりも当時ではまだ珍しく三種の神器と呼ばれていた

冷蔵庫・テレビ・洗濯機がどこの家にも備えられていたようで豊かな生活がうかがえる。

崩れている建物は全て台風などの高波による自然破壊によるものらしく、

来年はまた全く違う光景になっているかもしれないとのこと。


台風の時は外に出るとすいか大の石が降ってくる(岸壁が削れて)ので外出してはいけないといわれていた・・

と当時を語っているのは神村小雪さん(軍艦島出身の女性)HPより
http://www.little-snow.com/indasutoria.html


・・・続く




















初上陸!! 軍艦島展vol1
2010/12/02 (Thu) 07:52

国内最高峰、歴史的廃墟群!!
遂に軍艦島上陸です!!



沖合へと長崎港から約1時間ゆらゆら、軍艦島の輪郭がくっきりとしてきた。
旅のメインとして遥々大阪よりフェリーにて約12時間、到着した新門司~小倉経由でレンタカーを借り
約3時間半で福岡から長崎へと九州横断。
かなり過密ではあるが計算通りの出航10分前12:00に到着し、何とか間に合ったことに胸をなでおろしながら
遂に目の当たりにした島全景からすでに放たれているオーラに上陸の期待を感じながら・・。

軍艦島27全景
「戦艦土佐」という軍艦に似ているということからの由来のようだが
正式名称は端島(はしま)、所在地は長崎県高島町端島。


軍艦島25裏
日本初の鉄筋コンクリート造として建設されたという高層アパート群も廃墟と化している。


軍艦島半景
遂に上陸です!! ・・やばい。

















BLU-SPEC CD
2010/08/28 (Sat) 16:46

ブルースペック

長い間、SACDも鳴らすことのできるユニバーサルプレーヤーが欲しいと思いながら
まずテレビだ、ブルーレイだ、センタースピーカーだの・・
最近ではソニーから出る世界初レンズ交換式のビデオカメラNEX-5が欲しいぃっ!
・・っとまあこのような感じで自分の中の優先順位TOP5がめまぐるしく変わっていく日々で
結局現実ラインを考えて本当にすぐいるものから叶っていくというサイクルになっています。

ちょっと横道へとそれましたがユニバーサルプレーヤーを一旦あきらめどのプレーヤーでも
鳴らすことができるというBLU-SPEC CDを見つけネットでその証体を確かめると
これがどのサイトをみてもかなり評判がいい。

ジャズが好きな方のあるサイトでの紹介による各種メディアの位置づけでは・・
SACD>BLU-SPEC CD>通常CD>SHM-CD>HQCD
そこでの紹介は一般に”いい音”と評される表現としての”マスターテープクオリティ”
という定義のもとSHM-CDやHQCD=固有の音色 SACD・BLU-SPEC CD= マスターテープクオリティ!!!
と展開されたもの
前者SHM-CDなどは反射率向上を目的とした
液晶パネル用ポリカーボネート(耐熱性があり且つ透明性があり家電製品や液晶TV向けバックライト拡散板
などに用いられるプラスティックの一種とのこと)のみの採用で反射率をよくしただけにとどまるが
後者にあたるBLU-SPEC CDはポリカーボネートを使用のうえでさらに
Blue Laser Diode(ブルーレイディスクの制作技術で用いられたもの)によりビーム品質の向上。

この二つが”いい音”すなわち”マスターテープクオリティ”ではないか、いいかえるとSHM-CDのような
反射率向上だけではクリアな印象にはなるものの音質に決定的な影響を与えただけで固有の音色であり
いわゆるいい音ではないとの評価。ちなみにこの方は通常CDがやはり聞き慣れているので
あまりに違いすぎる音は受け入れることができないとの前提でした。

まあ聴くジャンルや環境、音質の好みでも印象は人それぞれなのではと思いつつ・・
とりあえず聴いてみました。

・・なるほど、なるほど。他のものは聴いたことがないので比較できませんがクリアな分今まで
感じとれなかった音の層があるな。深みがあるような。それでいて音的な違いにCDとは差がない。
何となく通常CDがそのまま進化したらこんな音になるんだろうなというのが正直な感想。
ただジャニスにしろスライのしろ今とは比較にならない大元の音源の録音技術が低い時代のものなので
このへんが限界なのかもう少しいい環境での機器できければもっとよく聞こえそうな気もした。

ただこの時代のものがこのクオリティで聴けるのはかなりありがたい代物であると実感。



ところでなぜこのような懐古主義的な3つなのかといいますと基本的に
古いものが多く今さらでも欲しいアーティストがあまりないということです。

これを機会にマイルスデイビスやジェフベックなども聴いてみようかなと思っていますが
すでにあるほとんどのものが普通のCDなのでこれしか聴けないなんてことになるのではとの懸念が
つきまといます。



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